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自由に表現する事を伝える場所-【遊観】下之坊竜治さん・堀江奈々子さん


今回お話をお伺いしたのは大阪生まれで大手人材派遣会社への就職を機に東京へ、そして淡路島生活を経て牟岐町に移住をした下之坊竜治さん(26歳)と、大学の休学を機に牟岐町へとUターンをした堀江奈々子さん(27歳)。お二人は牟岐町で2023年1月に『遊観(ゆうかん)』をはじめることになります。なぜなんのためにはじめたのでしょうか?その立ち上げの背景や想いについてお伺いしてきました。

場所も環境もあった牟岐町へ移住

編集者
先ずお二人の今に至るまでの背景をお聞きしていけたらと思います。下之坊さんは大阪生まれということですが、なぜ牟岐町に移住することにしたのでしょうか?キッカケなどをお話いただけますか?

下之坊さん
大学を卒業し、就職をした人材派遣会社のひとつのプロジェクトを担当しているなかで、20〜30人の方と関わる機会がありました。その方たちは何かしら高い目標を持って入社してくるのですが…例えば起業家や日本のリーダーとなるような人を育てていくのが、ボクが担当していたプロジェクトでもありました。そうした志の高い方々と密に関わるようになって、そこで自分も「どうなりたい」とか「どうありたい」といった事を考えるようになりました。
とても濃い時間を過ごさせてもらっているなかで、牟岐町出身でお寺の生まれの菜々子から、プロジェクトを通じて全国的にお寺が衰退しているという事を聞いたりしていました。奈々子はお寺をどうにかできないか?といった志を持ってプロジェクトに参加していたので、それで興味を持ち一度牟岐町に訪れることになりました。
そこから何回か牟岐町に来てみるうちに、ここで自分が考えていること、やりたいことを実現出来るんじゃないかなと思って。で、場所もあるし環境もあるので会社を辞めて移住をしました。

編集者
それでは牟岐町で何かをしたいから会社を辞めたというよりは…

下之坊さん
自分がやりたいことがあり、牟岐町に場所も環境もあったから移住をしたという感じです。会社を辞めるのは一年前から言っていたんです。ただその時に牟岐町に来る構想は全くなかったのですが、何回か来るうちに構想が出来上がっていき、辞めることも会社に伝えていたのでそのタイミングで辞めたといった流れです。

編集者
生まれが大阪なので、四国や徳島に来ることにそこまで特別感はなかったのでしょうか。

下之坊さん
そうですね…というよりも、ボク自身場所への依存とか拘りがあまりないんです。

編集者
なるほど。では就職で東京に引っ越した時はそれはそれで新鮮だったと。

下之坊さん
そうですね。でもこうして大阪、東京、淡路島、徳島と住む場所を変えてみたら、ボクは人が多いところは得意ではないのかなということに気が付きました(笑)。都会の希薄な感じよりも淡路島とか徳島の方が良いな〜なんて今は感じています。

編集者
それでは今の『遊観』の活動は、下之坊さんのやりたいことが形になっているということでしょうか?

下之坊さん
いえ、一概にそういうわけではなく、奈々子と価値観は多少は違えど考えていることも似ているし、共有をしてお互いがやりたいことをやれているかなと思っています。

大学の休学を機にUターン

編集者
それでは奈々子さんにお話を伺えたらと思いますが、奈々子さんは牟岐町生まれということで…

奈々子さん
そうです。このお寺出身で(牟岐町にある正観寺)、高校まで牟岐町に居ましたが、大学からは島根に行き、その後編入して、神戸、茨城の大学へ行っていました。

編集者
大学ではどのようなことを学んでいたのでしょうか?

奈々子さん
島根の大学では国際支援に興味があり学んでいたましたが、授業はどうしても座学だったり、学ぶ授業が先進国からの視点でこれが本当のニーズなのか?と疑問を持つようになりまして、現場を知るために休学をしてスリランカに3ヶ月ほど行っていました。
そこでは国際支援の壁というか、支援する側と支援される側の関係性の違和感を感じてしまっていたんです。でも滞在時にビーチから流れてくる音楽を通すことで、支援する側と支援される側の壁がなくなる感覚をあったので、そこで音楽心理学に興味を持ちました。
その後は編入して神戸の大学で音楽心理学を学んだり、視覚の心理学にも興味を持ったので、茨城の大学では色彩心理学を学んでいました。

編集者
それで大学を卒業すると。

奈々子さん
大学院まで行くのですが、コロナの影響があって研究がストップしてしまったんです。それで仕方なく休学して牟岐町に帰ってくることにしました。今までお寺の経営状況について深く考えたことがなかったのですが、帰ってきたことでじっくりと考える時間が出来ました。調べてみるとお寺は全国的に衰退しているということ知りました。そこで自分が何か出来ないかなと感じたので、人が集まる仕組みを自分が作れたら良いなと思ったんです。でも起業するにしてもノウハウがない。それで応募して入社したのが竜治くんが勤めていた企業で、そのプロジェクトに参加したという形です。

編集者
そこで下之坊さんと出会い、意気投合したってわけですね。では今回の本題となるお二人がはじめた遊観についてお伺いできればと思いますが、遊観ではどのようなことを活動の中心に行っているのでしょうか?特に下之坊さんは最初のお話で「やりたいこと」とおっしゃっていたので、コンセプトも含め、それについてお伺い出来たらと思います。

自由に表現出来る場所として

▲国道55号線を少し中に入ると見えてくる遊観の活動拠点で建物。

下之坊さん
働いている時や日頃のニュースやYouTubeや本もそうなんですが、上辺な時が結構多いなと感じていたんです。それで回っている社会ってどこか危ないのかなと感じて。ボクはもっと想いを伝えたりとか、想いを出すこと、想像することが大事だと思っていて、そういうことが出来る場所があればなと思っていたんです。
それで牟岐町に通っている時に、この場所を使わせてもらうことになりました。なので遊観は自分の想いもそうですけど、誰かの想いや、やりたいことを自由に表現して良いんだよといったことを伝えることが出来る場所にしていけたらと考えているんです。
人によって想いは違うと思うのですが、その違いすらも楽しめるようになれば、良い社会や世界に出来るんじゃないかなと、遊観がそうなれば良いなと思って運営をしています。

編集者
ではその伝えるためのアクションとして、どういった動きをしているのでしょうか?

下之坊さん
アクションというアクションは現状そこまで出来てはいないのですが、遊観をはじめたのが今年(2023年)の1月で、今のところ月に一回イベントを行っています。

編集者
例えば過去にはどのようなイベントを行ってきたのでしょうか?

下之坊さん
一番最初のイベントは、今使っている建物は元々喫茶店が入っていたそうなんですが、その時に使っていた椅子をその日の気分でペイントしてもらうというイベントでした。

▲イベントでペイントされた椅子は遊観に置いてある。参加者皆さんが自由にペイントしていた様子が想像出来ます。

下之坊さん
他には神山町にあるWEEK神山という宿泊施設でワークショップを行ってきました。大きな木の板に色を塗って、燕の型を用意して好きな色を乗せて板に貼り付けるってことをやりました。

▲こちらも遊観に置いてある。同じ燕の形をしながらも様々な色合いが楽しめ、人の個性を感じることが出来る。

編集者
出張スタイルの遊観も行っているんですね。そうしたアイデアは誰が考えるのでしょうか?あれ?そもそも下之坊さんは大学が美術関係でした?

下之坊さん
いえ、社会福祉学です(笑)。

編集者
では芸術に興味があるというか理解があるというか。生まれつきそうしたモノがお好きということでしょうか。

下之坊さん
そうですね。本はよく読んだりとか。岡本太郎の本は好きでよく読んでいます。

奈々子さん
椅子に色を塗るのは感情を色に乗せることと言えるので、色彩心理として捉えることが出来きます。なので心理学を学んだから生まれたアイデアでもありますし、燕のペイントもまさに色彩心理なので同じことが言えるのかなと思っています。

編集者
そうした活動のなかで新しい発見のようなものはあったりするのでしょうか?

奈々子さん
新たな発見というよりは、改めて感じたこととしてはやっぱり人はそれぞれで良いんだなと思いましたし、人と違うことで衝突とかをするのではなく、その違いさえも楽しめることが出来たら、社会はきっと良くなるよねということを、神山でワークショップをおこなった時には強く感じました。その時縁側で作業をしていたのですが、うーん…なんだろう…とても良い空気で良い会話があって、そうそうこれだよね!みたいな…うまく言葉には表現ができませんが…

編集者
良い場が出来上がるような感覚でしょうか。そのうまく言葉に出来ない気持ちは非常によくわかります(笑)

▲写真を撮りに訪れた11月には『青写真ワークショップ』を開催。写真の現像と同じロジックで、紫外線による表現が楽しめるというモノ。

いつでも来てくださいというスタイル

編集者
ただ、そうした活動はなかなか経済活動には繋がりにくい…要はビジネスとしては難しいと思うのですが、そのあたりはどのようにクリアしているのでしょうか?

下之坊さん
一般社団法人として遊観は運営をしていますので、営利を目的には活動はしておらず、二人ともお寺で働いています。午前中はお寺で働き、午後は遊観の活動の時間に充てたりしています。

編集者
因みに遊観はイベント時に限定してオープンしているといったわけではなく、いつでもお話ができるような「自由に来てください」というスタイルということですが、これ書いても大丈夫ですか?自由に来てOKと書くと困ることもあるかもしれないなと思うのですが(笑)

下之坊さん
大丈夫です(笑)。午前中はお寺で働いているので、午後ならいつでも大丈夫ですが、ウェブサイトのカレンダーに予定を入れているので、それを見てご連絡いただけたらと思います。

遊観ウェブサイト

▲元々喫茶店だった二階。ここで本を読んだり、下之坊さんとお話したり。そんな時間を過ごすことができるのが遊観。

帰ってきて考える余裕が出来た

編集者
最後に遊観の活動を通じて今後ご自身がどうなっていきたいか、もしくは牟岐町がどうなっていってほしいか、むしろお二人の考えていることだと牟岐町に限らず世の中がどうなっていってほしいかなどあるかと思いますが、是非お聞かせください。

下之坊さん
遊観をはじめたことで改めてやっぱり自分の想いを知ることとか、自分を蔑ろにせず生きることは大事だなと思っています。自分を知るには誰かと比較しなければ分からないので、相手が居ることに感謝をしなければいけないし、その違いを楽しむところまでいけたら良い社会になっていくだろうなと感じています。また遊観の活動のなかで気づいたことを個人的な活動として教育の分野で表現していけたらとも考えています。

編集者
遊観とは別で個人的にですか。それは牟岐町で行っていくと。

下之坊さん
そうですね。オンラインでも可能ではあるので、今少しづつ広げているところです。

編集者
それでは牟岐町に住んで一年半ほどですがいかがですか?移住生活は。

下之坊さん
空が広くてすごく綺麗だなと感じています。空や木や土にはレイヤーがあるらしく、土のレイヤーが綺麗だと空のレイヤーも対称になるみたいで。そうした場所で過ごす人たちにも影響すると思うので、そんな気持ちでいつも過ごしています。

編集者
奈々子さんはいかがでしょうか?大学生活を経てUターンで帰ってきてみて。帰ってきたからこそ見えることってあると思いますが。特に外国に一度行ってみるとそれがダイレクトに感じるというか。

奈々子さん
当初、お試しでUターンしてみたみたいなところがあったんですけど、ここに居るのが一番良いのかもなーなんて思うのが、時間や人がとてもゆっくりなことです。だから考える余裕があるというか。どこかの企業に入ったらなにかに追われて急がなければいけないので、それが私には合わなかったなと。牟岐に帰ってきてからは深く考える余裕が出来たので、そんな場所なのかなと。実家というのもあるのかもしれませんが。
遊観に来てくれる方も「時間がゆっくりやね」「時間を忘れちゃうね」と言ってくれたりすることが多いですね。

 

インタビュー中に「エネルギーを使い過ぎている気がするからもっとエコロジーに活動を」ともお話をしてくれた下之坊さん。確かに今日本の人々は目まぐるしく過剰な情報と飽食の時代を生きていると筆者も強く感じている。そうしたなかで可能な限りエネルギーをフラットに近づけ、幸せに生きることを追求し、その道を伝えていくのが遊観の目指しているところかもしれないなと、今回インタビューをして感じた。

そして、この遊観の活動は、例えば『メタバース』や『オーガニックフード』などの分かりやすい言葉が用意されているわけではなく、『自由』や『想い』などと、どこかフワッとした言葉であったり、『想い』とは時には『重い』に変わってしまうものだ。しかし筆者がインタビューを通じて感じた遊観の活動を一言で表すなら『寺子屋』がしっくりくるように思う。寺子屋とはお寺をルーツに江戸時代にあった教育を学ぶ学校のような施設だが、遊観は正観寺というお寺をルーツとしているわけだし、もしかしたらコレが現代版の寺子屋なのではないかと感じた。こうした過剰な時代だからこそ本当に大切なモノ、大切な時間、そして幸せに生きることとは何かを発見出来る場所なのではないだろうかとも、同時に感じた。

遊観はいつでも自由に来てくださいというスタイルなので、ウェブサイトをチェックして気軽に足を運んでみてはいかがだろうか。きっと新しい発見があるはずだ。

 

今回の牟岐人

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想い出せる場、遊観

下之坊竜治さん・堀江奈々子さん

遊観ウェブサイト

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