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人が集まる風景に魅力を感じて – 【灯閑(とうかん)】花野修平さん・田中美有さん


今回お話をお伺いしたのは牟岐町出身で、偶然にも誕生日が同じという同級生であり幼なじみである、花野修平さんと田中美有(みゆ)さん(27歳・2023年取材当時)。不定期開催のコーヒースタンド『灯閑(とうかん)』を2023年1月から始めることになりました。なぜ牟岐町でコーヒースタンドを始めることにしたのでしょうか?

牟岐町から就職を機に大阪・東京へ

編集者
先ず、お二人の現在に至るまでの経緯を教えていただけたらと思います。

花野さん
牟岐町生まれで高校までは徳島県にいましたが、高校を卒業してからは山口県の大学へ行きました。

編集者
大学ではどのようなことを学んでいたのでしょうか?

花野さん
建築の学科に入って建築を学び、今は大阪の設計事務所に就職をしました。

編集者
建築と言っても様々なタイプの建築があると思いますが、今お勤めの設計事務所ではどのような建築を扱っているのでしょうか?

花野さん
公共建築が多いです。例えば役場とか図書館とか。就職して今年で3年目になりますが、今は約600㎡ほどの消防署を担当しています。

田中さん
私は高校までは県南にいて、高校卒業後は徳島の大学に行くために徳島市で一人暮らしをしていました。休学して岩手県に行っていた時期もありましたが、卒業して就職で東京に行きました。

編集者
東京ではどのような会社に就職をされたのでしょうか?

田中さん
新卒で入社したのは不動産情報サービスをメインにしている事業会社です。入社当時はメイン事業に配属され、住まいに関わる仕事をしていました。併せて新規事業として、『伝統工芸のサブスク』の社内プレゼンが通り、2年目からは専任でそのプロジェクトを担当していました。最終的に『伝統工芸のサブスク』は失敗して事業を閉じることになりましたが…

編集者
『伝統工芸のサブスク』も深掘ってお聞きしたいところですが、話が大きくそれてしまいそうなので軽くお聞きします。失敗というのは黒字に出来なかったということでしょうか?

田中さん
そうです。サブスクサービスを立ち上げてから一年半で完全にたたむことになり、しばらくしてその会社を辞め、今はPRと編集をしている会社に就職をして、プランナーとして活動をしています。

編集者
プランナーとは広告のプランナーってことでしょうか?

田中さん
広告というよりは、PRから考えられるコミュニケーション戦略の部分を担っています。よくご依頼があるのはリブランディングです。前の会社と業種こそ全く違いますが、『伝統工芸のサブスク』の時にも感じていた「知ってほしいけど知られていない」ことだったりとか、それらを広げていくための認知の方法を知りたかったので、今の会社に就職をしました。

編集者
ということは活動の中心は今も東京ということでしょうか?

田中さん
はい。リモートワークが主なので徳島にもよく帰ってきています。

人が集まる空間に魅力を感じてコーヒースタンドに行き着く

編集者
大阪と東京、それぞれの想いを持ち、そして就職をして活動をしているわけですが、お二人は故郷である牟岐町で『灯閑』をはじめることになります。はじめることになった経緯を教えていただけますか?

花野さん
先ず根底として、この町がめっちゃ好きというのがありまして、何か恩返しがしたいと思ったんです。学生の時には『ひとつむぎ』として牟岐町に自然と関われることがありましたが、ひとつむぎを離れた後でも自分で何かをしたいなと思っていました。

でも何をしたら良いだろう?どうするのが良いだろう?と考えていた時に、大阪でコーヒー屋を角地にオープンする広告を見たんです。その時に「あ、難しいこと考えずにこれでいいかも」とスッと入ってきたんです。

で、それとは別の話で駅前交差点が良いというは強く思っていたんです。大学で土地活用の研究を進める中で、まちには活気を与える「まちのツボ」となる土地があると考えていて、牟岐町ではそれがこの交差点だなと思って、美有に声を掛けたんです。

NPO法人ひとつむぎウェブサイト

NPO法人ひとつむぎ
徳島県南部にある牟岐町を拠点に、教育やまちづくりの支援を通じた地方創生を目指して活動するNPO法人。

▲花野さんが牟岐町でやるなら絶対にここ!と感じた、牟岐駅にも通じる交差点。『灯閑』という名前も廃業してしまった『東観サービス』の建物をお借りしていることもあり、そこから敬意を込めて付けられている。

編集者
先ず、牟岐町で何かしたいと手を上げたのは花野さんだったってわけですね。それでコーヒー屋さんとして準備を進めていくのでしょうか?

花野さん
まず建築を学ぶ中で、かっこいい空間というより、人が集まる風景に魅力を感じているので、人が集まることで活気を与えられたらなと感じていました。そこで、美有はコーヒー豆を焙煎出来る知識と技術を持っていたので、今のコーヒースタンドという形になっていきました。

田中さん
当初から「コーヒーかも」みたいな感じで話は進んでいきつつ、「こういう可能性もあるよね」「こういう風景作りたいよね」などとシーンをベースにアイデアを出し合っていましたが、「ちょっとやってみようよ」と言って出来たのがコーヒーだったんです。1月の帰省するタイミングで準備が出来たのも大きかったです。

▲二人が店先に立って対応してくれるスタイルなので、何かとコミュニケーションを取りやすい。時期によってはコーヒーに限らず牟岐町産の『実生ゆず』を使った『ホットゆずジンジャー』も販売している。

編集者
今年に始めて今回で6回目とは、物理的な問題があると思いますがかなりハイペースにオープンしているんですね。

花野さん
本当は月に一回オープンする予定でしたが結果的に二カ月に一回ぐらいに落ち着いています。

編集者
そもそも田中さんは焙煎の知識や技術はどのようにして得たのでしょうか?

田中さん
岩手県に居た時に焙煎の修行をさせてもらっていました。その時に焙煎の工法とか豆の種類とかをある程度理解したので、自分で味の構成が出来るようになりました。
それで、大学を卒業と同時ぐらいに屋号を取得してライフワークとして始めました。本当は『出羽島アート展』の会期中に出店する予定でしたがコロナ禍だったので中止になったりして。

▲10/15に行われたこの日の豆は、田中さんが旧牟岐小学校にあるイチョウと、秋をイメージして焙煎してブレンドしたコーヒーを提供。

編集者
豆の焙煎はどのようにして行っているのでしょうか?

田中さん
焙煎屋さんがサンプルを作る時に使う小型の焙煎機を使って手動で焙煎しています。

編集者
そもそもコーヒーを飲むのがお好きで焙煎などを始めていったのでしょうか?

田中さん
コーヒーは好きですね。でも10代の頃は全然好きではなかったんですが、アルバイトでスターバックスで働くようになってからコーヒーを飲み始めて。そこでコーヒーのこだわりだとかコンセプトを知るようになって。「ああ、コーヒーで味わいって表現出来るんだな〜、こういう伝え方が出来るんだな〜」と思って、どんどん興味を持っていきました。

編集者
田中さんのコーヒーのはじまりはスターバックスだったんですね。

最終的には町の人と外の人が交流出来る場として

編集者
今まで6回開催してみて手応えなどを感じることがあると思いますが、いかがでしょうか?

花野さん
一回目の時に50人ほどの方が来てくれるかな〜と想定をしていましたが、まわりの方からは100人ぐらいは来るんじゃない?と言われ用意をしていましたが、蓋を開けてみれば結局160人近くの方にお越しいただきました。

当初はお店を構えて常に運転していくことも想定していましたが、牟岐町のような規模の町だとイベントとして行っていった方が、皆さんが集まる場として成立しやすいと感じているので、今後も月一回を目標にして行っていければと考えています。

今は町の人に認められ、応援してもらえるような場作りを目指している段階というのと、今後は町の外からも人を呼び込めるような場を作っていけたらと思っています。

そして最終的には町の人と外の人が交流出来るような場として、段階を踏んで作っていければなと考えています。

▲2023年の1月3日の第一回目の時には多くの方で賑わう風景が。当初からお二人が描いていた風景とは、正にこうした風景だったのに違いありません。

編集者
「町の人に認めてもらう」段階であれば、既に認められているような気もしますし、お声も届いているはずですがいかがでしょうか?

花野さん
ありがたいことに「今度いつやるん?」「コーヒー美味しかった」などと母づてに聞いたりしています。あとは目の前で起きていたことなんですけど、「もしかして〇〇さん?」などといった会話が繰り広げられいて。
ボクは最初、人と人を繋げることがこの場で出来たらと考えていたんですが、場を用意するだけで良くて、その必要はなかったんだなと感じました。

編集者
それでは手応えを感じることが出来たんですね。

花野さん
一回目の時に手応えは感じました。今後は継続していくことが一番大事と感じていますので、継続して行っていきたいと考えています。

編集者
良く分かります。継続していくことが何より大変ですよね。継続していくことに壁などは無いのでしょうか?

花野さん
先ず、生業にはしていないので気が楽なところもありますし、なによりこうしてやっていることが楽しいので、継続していくことの難しさは感じていません。

田中さん
継続という意味だと、ここのオーナーさんがこの場所を貸してくれたり、ポルトの駐車場も貸してくれて、町を盛り上げるためにという部分でも共感もしてくれているから私たちはこうして出来ているし、今後も継続していける要因ではあります。

▲建物の奥には素敵な和室も用意されているので、仲間で集まってゆっくりとお話することも。

先ずは町の人が楽しめる場作りを

編集者
最後にこのプロジェクトを通じて、牟岐町がどうなっていったら良いか?どうなって行ってほしいかなどがありましたらぜひお聞かせください。

花野さん
町の人口を増やすことはとても大事なことだと思うんですが、既に住んでいる町の人たちが楽しめることが先ずは大切かなと感じています。

牟岐町は人口は少ないけど、会う人は実は結構決まっていて。でも知り合いはたくさん居る。そうした普段なかなか話をしない、することのない知り合いに会って久しぶりに話をするだけで、幸せとか楽しいって思えるのかなと感じていて。

1月3日の時に来てくれた同級生が「地元に帰ってきて懐かしい人に会えるならまた帰ってきたいと思う」と、このプロジェクトをやって良かったと思える一言をくれたりして。なのでこの場を通じてそうした機会をもっと増やして行けたらなと考えています。

田中さん
私も言おうとしていたエピソードが全く同じで(笑)。私の友人たちがイベントの際に集まっていて、「これだけ知っている人が帰ってきてるんだったら、牟岐に帰ってきても良いな」なんて話をしていたのが印象に残っていて。なので牟岐町が故郷でない人でも「これがあるんだったら牟岐に行ってみようか」というキッカケになってくれたら良いなって思いますし、プロジェクトを通じて「牟岐って良いじゃん!」って思ってもらえるようになると、私ももっと楽しくなると思います。

高校卒業を機に故郷を離れ、都会に出た20代の若い二人が「牟岐町のために何か出来ないか?」と考えた末にたどり着いたコーヒースタンド。それはあくまでも場づくりのためであり、人と人を繋げる場所になれば良いとの想いでお二人は活動をしています。こうした活動は時間は思った以上に必要になるものですし、なにより行動するための勇気も必要です。なかなか簡単に出来るものではありませんが、お二人の故郷への想いはそれ以上に強いのだとと今回インタビューをさせていただき感じました。

次回の開催は牟岐町の成人の日に合わせた2024年1月3日の開催を予定しています。彼らの活動の応援を含め、ふらっとコーヒーを飲みに足を運んでみてはいかがでしょうか?もしかしたら懐かしい顔に出会えるかもしれません。

 

今回の牟岐人

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灯閑 – toukan

花野修平さん・田中美有さん

灯閑 – toukan ウェブサイト
灯閑 – toukan instagram

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