8月13日(火)に旧牟岐小学校のグラウンドで18時から牟岐慰霊踊りが行われ、18時30分からは阿波踊りが行われました。
コロナウイルス感染症の影響と牟岐慰霊踊りを主催する遺族の世話役不在等により中断されていましたが、有志により牟岐慰霊踊りの会が発足し、5年ぶりに開催されました。初盆を迎えた新仏を踊りで供養する牟岐の慰霊踊りは、白い幕を垂らした一文字笠をかぶり、顔を隠した衣装で、牟岐音頭に合わせてシンプルな6つの動作を繰り返し、しっとりゆったりと踊るのが特徴です。

慰霊踊りの冒頭には、民謡踊クラブの皆様から踊り方のレクチャーがありました。6つの動作のみでできる踊りのため、初めは難しいと言ってらっしゃった方々も回数を重ねると、音頭に合わせておしとやかに踊ることができていました。

牟岐慰霊踊りの会の和西会長は、「これまでは西の町と東の町に分かれて踊っていたので、一緒に踊るのは初めての試み。こんなに人が集まるとは正直思ってなかった(笑)」とおっしゃっていました。
また、「慰霊踊りは、お寺や神社など宗教にはなんの繋がりもない自然発生した踊りなんやけど、初盆の大切な行事で、牟岐の人たちにとっては49日や100日のような供養の一括りのような意味合いがある。例えば、隣のおじさんが亡くなったり、親戚の人が亡くなったりしたときに、『そういえば初盆やったんやな。』『あの人が亡くなったから踊りに行ったるけ。』『あの人が若い時は~』とか、そういう会話が生まれるんよ」と教えていただき、慰霊踊りはみんながそれぞれの「あの人」を思い出す場になっているんだと感じました。

徳島県内にいくつか慰霊踊りがあったようですが、どんどん廃れていったようで、牟岐慰霊踊りも昔とは少し変わったそうです。
「牟岐慰霊踊りはいつも夕方6時くらいから始めるのには変わりがないんやけど、昔は夜通しやっていた。音頭を語る人がたくさんいたし、題材もたくさんあって、大体1人1時間程度で、それが10人、20人と続いていたからね。だから、慰霊踊りを終えて、牟岐在住の70・80代の方々からは『よおやってくれたなあ』と言ってもらえることができ、思い入れがあるんだと感じたね」。
また、慰霊踊りが復活することを知った方からは「牟岐出身の父が亡くなったのだが、提灯を持って慰霊踊りに参加してもいいだろうか?牟岐に自分自身は訪れたことがないから父の地元を訪れてみたい」というお話があったそう。
「伝統文化である慰霊踊りが帰省するきっかけになったのがすごく嬉しくて、今後もこのような人の流れを作っていきたいと思った」と、想いを語ってくださりました。

これまでの牟岐慰霊踊りとは変わり、地元の阿波踊り連「とんま連」による阿波踊りも行われました。町民の皆さんの手拍子が響き、慰霊踊りとはまた違ったイキイキした雰囲気を感じました。最後には、町民も一緒になって阿波踊りを踊り出しました。
これまで一緒に踊られてこなかった牟岐慰霊踊りと阿波踊りですが、牟岐慰霊踊りで亡くなった方に想いを馳せ、最後は阿波踊りで明るくエネルギッシュに締める様子は、まさに徳島・牟岐でしか起こり得なかった新しいお盆の情景だと感じました。



