牟岐町の皆様、こんにちは。
牟岐町地域おこし協力隊の真武未有(またけみう)です。

4月3日(水)の浜節句に参加させていただきました。
近年、小島の浜で行われていた浜節句ですが、
この日はあいにくの雨だったためモラスコ牟岐の館内でお弁当をいただきました。
浜節句とは…
桃の節句を1ヵ月遅れで祝う海部郡内の伝統行事。
昔は家族の一大イベントで子供から大人までが春を楽しむ風習だった。
晴れた日の浜節句の様子はこちら↓
https://mugizine.jp/2019/04/04/post-10601/
私は大学時代から牟岐町にお世話になっているので、
今回が私にとっては2回目の浜節句でした。
幅広い世代の方々が集まり、わいわいと浜節句を楽しみました。


私が食べたお弁当には、
徳島の郷土料理である金時豆入りばら寿司やおはぎが入っていました。

NPO法人ひとつむぎの中山知華さんが食べていたお弁当には、
牟岐の押し寿司、太刀魚の握り寿司、ナガレコの煮付けなど、
牟岐町の伝統的なものが入っていました。

今回の浜節句には、牟岐町と関わりのある若者2人、大阪公立大学4年生の阪本華さん、谷尚俊(なおとし)さんも参加されていました。
浜節句の起源や歴史、当時の様子などを調べ、伝えてくれた阪本華さんは、
「菱餅を模した羊羹や、松竹梅の形に抜かれた押し寿司。浜節句の料理には、牟岐の食材を大切にしながら節句を祝う工夫が多く見られました。インターネットや交通の発達で欲しいものがすぐ手に入る今、身近なもので楽しむ浜節句から学ぶことはたくさんあると思いました。」と、コメントしてくれました。
谷尚俊さんは、
「浜節句は、地元の食材を食べ、地元の砂浜で遊ぶという、牟岐愛を育む大切な行事だったことがわかりました。当時の話を聞いたり、写真を見たりする中で、浜節句は子供のころの大切な記憶として残っているんだと感じました。牟岐を離れた皆さんが浜節句のために帰ってきたり、食べたものを覚えていることに驚き、それほど印象深い行事だったんだと強く心に残りました。」と、コメントしてくれました。

谷さんは別日にJAかいふ牟岐女性部の方々と一緒に姿寿司を作られました。
「食文化の調査では、鯵の姿寿司づくりを体験し、いつもと違う作り方に特別感を感じました。正直、骨を抜いたり、塩を振ったり、酢に付けたりと、手間がかかる大変な料理だと思いましたが、硬い部分や皮のついたまま食べられるように工夫されているところに食文化を感じました。そのような手間や気遣いと、魚であることを強調する見た目であることが、ハレの日を表していると思いました。」
また、谷さんは今回、関係人口として牟岐町に3週間ほど滞在したことについて、
「僕は勉強の息抜きとして牟岐に滞在していたのですが、牟岐町で3週間程過ごしてみて、思った以上に地元の方々と交流ができたり、同世代の人たちとも話すことができました。話しやすい人が多く、一兄ちゃんとして接してくれたので、よそ者感を感じることなく、牟岐町に愛着が湧きました。特に3月下旬に行われた「出羽島ミニアート展&ミニコンサート」では、開放的な雰囲気で、いい意味で気を使われず、だんだんと牟岐町が自分の居場所に変化していきました。」と、この滞在を通して、牟岐町を好きになったという想いを伝えてくれました。


その後、浜節句に参加していた牟岐の子供たちが、浜節句はどのような行事だったのか、
どのようなごはんを食べていたのかなど牟岐で生まれ育った方々にインタビューしました。


地域の方々が浜節句の思い出で盛り上がっているのを見て、1年に1度、家族にとって本当に特別な行事だったということを実感しました。家庭や年代、地域によって遊山箱に入れるものや順番が違うことは個性があっておもしろかったです。また、浜節句という名前だけど、地域によっては山や川沿いでも楽しんでいたということは意外なことでした。
浜節句は幅広い方々が集まり、繋がれる大切な伝統行事だと感じました。しかし、昔に比べると、その文化は衰退傾向にあります。牟岐町に住んでいる方、牟岐町と関わりがある方、牟岐町出身だけどなかなか帰れていない方など、来年はみんなで一緒に浜節句を楽しめたらいいなという想いが強くなりました。


