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大学生は小さな侵略者?牟岐町に静かな波紋を広げる『ふらいき新聞』の挑戦

徳島県海部郡牟岐町。この小さな港町には年間千人を超える若者が行き交い、様々な形で町を盛り上げています。しかし、その魅力的な若者たちの姿は、必ずしも町の人々全員に知れ渡っているわけでありません。

そんな思いから「牟岐町に住む人」と「牟岐町で活動する若者」をつなぐために、一つの手作り新聞が産声を上げました。その名も『ふらいき新聞』。

発行元は牟岐町を拠点に活動する「NPO法人ひとつむぎ」。この春休み、彼らが拠点とする場所に集まったのは、同紙の創刊号を作り上げた3人の大学生たち。それぞれが異なるバックグラウンドを持ちながら、牟岐という土地に引き寄せられ、ここで自分たちの居場所を見つけてきました。彼らはなぜ牟岐に関わり、そしてこれから何をこの町に残そうとしているのでしょうか。

NPO法人 ひとつむぎ
2015年にNPO法人として設立され、牟岐町を拠点に子どもと地域の出会いと学び、そしてつながりを大切に活動する団体。学生たちは地域の人々の温かさや自然の豊かさに触れ、「恩返しをしたい」「大学生だからこそできる形で地域に貢献したい」と、子どもたちや若者と地域をつなぎ、関わるきっかけを届けている。

ふらいき新聞
「ふらいき」は、大漁旗の別名で、漢字では「富来旗」と書く。若者が中心となって、まちに活気をもたらす旗を掲げる存在でありたいという願いを込めて名付けられた。2026年1月3日に創刊号が発行され、アナログな情報がいちばん届く牟岐町で、台所のテーブルに置いてもらえるような存在を目指している。

ゼロからイチへ。中学生を巻き込む新たな挑戦

ーー本日はよろしくお願いします。まずは自己紹介も兼ねて、皆さんの普段の活動や『ふらいき新聞』との関わりについて教えてもらえますか?

安藤さん:鳴門教育大学4年で、この春からは愛媛県の高校で社会科の教員になります、安藤瑞輝(あんどうみずき)です。牟岐での活動に関わる中で、『ふらいき新聞』ではライターとして記事を書きました。

ーー安藤さんは教員になるということで、この経験がどう活きていくのかも後ほど聞かせてください。では続いて、中田さんお願いします。

中田さん:中田枝佑(なかたしゅう)です。みんなからは「しゅうちゃん」と呼ばれています。瑞輝くんと同じ鳴門教育大学の4年生で、4月からは兵庫県で中学校の理科の先生になります。牟岐町に関わり始めたのは大学2年生の時で、子どもたちと一緒に平和学習や防災などに関わっていくうちに、牟岐町が自分の大切な居場所になってきたなと感じています。今回はライターとして参加しました。

ーー兵庫に行かれるんですね。牟岐が大切な居場所になったというのは素敵ですね。最後に元木さんお願いします。

元木さん:元木紀(もときはじめ)です。僕は香川大学の2年生で、経済学部で地域創生などを中心に勉強しています。生まれは大阪なんですが、10歳の時に牟岐に移住してきまして、今は牟岐町を地元だと思っています。親が牟岐の出身だったんです。今回の『ふらいき新聞』の発案者であり、一応、編集長ということになっています。

ーー元木さんが編集長として企画を立ち上げたのですね。活字が好きだとか?

元木さん:活字がすごく好きで、こういうのを書きたいなと思っていて。でも自分一人じゃなかなか動けないので、周りに「こういう方針でいきたい」と話をして、アイデアを形にしていきました。

ーー創刊号を読ませてもらいましたが、これはある意味で自己紹介的な「0号」のような位置づけなのかなと感じました。ここからどのように「1」を積み上げていくのかが気になります。これからの展望はどう考えていますか?

元木さん:今後の展望としてはこの活動に中学生たちを巻き込んでいきたいんです。創刊号の裏面にも「小・中学生記者、大募集!」と書いたんですが、中学生に4コマ漫画を描いてもらったり、記事を書いてもらったりしたいなと。

ーーそれは面白いですね! 具体的にはどうやって中学生を巻き込もうとしているんですか?

元木さん:実は明日、中学校の帰りのホームルームの時間をもらってプレゼンをしてくるんです。「春休みの間に交流会をするから、来たい人はおいで」ってチラシを配って。そこで大学生と話してみて、やりたいことを引き出していきたいなと思っています。

ーーなぜそこまで中学生を巻き込みたいと思うようになったのでしょうか?

元木さん:一番大きいのは、昔ひとつむぎがやっていたことを復活させたいという思いです。以前は中学生を集めて、彼らのやりたいことを大学生がサポートするイベントをやっていたんですが、コロナで途絶えてしまって。それを僕らでまた取り戻したいんです。「ふらいき」という言葉には、牟岐に大学生が来ていることに気づいてほしいという「旗揚げ」の意味も込められていますから。

ーーなるほど。中学生たちが自分で記事を書くとなると、なかなかハードルも高そうですが。

安藤さん:慣れていない子は時間がかかると思います。自分の思いを文章に載せて、それが町中の人の目に触れるわけですから、恥ずかしいという気持ちもあるでしょうし。

中田さん:でも、文章を書くのが好きなら記事を書いてもらえばいいし、写真やイラストが好きならそこを担当してもらえばいい。いろんな得意なものを集めて、みんなで作った作品が宝物になってほしいなって思っています。

卒業という節目。離れても続く関係性

ーー安藤さんと中田さんはこの春、大学を卒業してそれぞれ愛媛と兵庫で教員になりますよね。ひとつむぎを離れてしまうわけですが、今後この新聞や牟岐町とはどう関わっていくのでしょうか?

中田さん:私は何かしらの形で牟岐町に戻ってきたいという気持ちはずっと持っています。兵庫に行っても、例えば自分が教えているクラスの生徒にこの新聞を見せて、「先生が関わってきた場所には、こんな風に地元を大事にしている子どもたちや若者がいるんだよ」って伝えたいんです。それが、生徒たちの思いを読み解く力を育てるきっかけになるんじゃないかなと。

ーーへぇすごい。自分の赴任先の生徒たちに、牟岐の魅力を伝えていくわけですね。安藤さんはどうですか?

安藤さん:僕も似ている部分はあります。社会科の教員として、自分の住んでいる地域を見ることも大事ですが、遠く離れた牟岐町でどんなことが起きているのかを知ることは、生徒たちにとって一つの材料になると思うんです。僕の考えとしては、愛媛の高校生と牟岐町をつなげたいんです。合宿で牟岐に来てもらって、一緒に『ふらいき新聞』を作れたらいいなと。

ーーそれは編集長としてはテンションが上がりますね(笑)。

元木さん:爆上がりです(笑)。ぜひ実現させたいです。

ーー本日はひとつむぎの卒業式でもあるんですよね。お二人が卒業すると、ひとつむぎのメンバーも減ってしまうと聞きましたが。

元木さん:そうなんです。実動部隊が3人で、県外の子を入れても5人くらいになってしまいます。県内のメンバーが少なくなってしまうので、昔のように「ちょくちょく牟岐に来て活動する」というのは難しくなる。だからこそ、形を変えていかなきゃいけない変革の時期だと感じています。

次号のテーマは「防災」。東北での経験を牟岐へ

ーー形を変えながらも続いていくということですね。ちなみに、次回の『ふらいき新聞』のテーマはもう決まっているんですか?

元木さん:次は「防災」をテーマにした『防災ふらいき新聞』になる予定です。NHKから防災に関する取材の話があり、それに合わせて特化しようと。

ーー防災ですか。安藤さんは、大学で防災に関する活動に取り組まれたそうですね。何か記事にできそうなエピソードはありますか?

安藤さん:大学の防災研修で宮城県の被災地に行ってきました。そこで、東日本大震災の時に避難所として住民を受け入れた石巻の高校の元校長先生からお話を伺ったんです。そこで学んだのは、避難所運営における「役割分担」の重要性でした。

ーー役割分担ですか。具体的にはどういうことでしょう?

安藤さん:普通、避難所運営を図式化すると、上に本部長がいて下へと指示が下りる会社のようなトップダウンの組織を思い浮かべます。でも、災害発生直後の混乱の中ではそれは機能しないと。そうではなくて、メディア対応、衛生管理、避難者受け入れなど、それぞれの役割を明確に設け、その担当者が責任を持って判断して動くことが大事なんだそうです。いちいち上に確認していると時間がかかってしまうので、迅速な判断が必要だということです。

ーーなるほど。トップダウンではなく、個々が責任を持つフラットな役割分担が必要なんですね。それは牟岐町の防災を考える上でも、非常に重要な視点になりそうです。

中田さん:私も瑞輝くんの活動を傍で見ていて、防災への意識が高まりました。赴任先の兵庫県も阪神・淡路大震災の被災地ですし、生の話を聞く機会も増えると思います。自分が災害にどう立ち向かうか、その知識を『ふらいき新聞』にも還元できたらと思っています。

大学生は「小さな侵略者」?地域に静かに残していくもの

ーーお話を聞いていると、皆さん、特に編集長の元木さんの熱量が本当にすごいなと感じます。ただ、こういう活動って始めるのは簡単でも、やめずに続けていくのってものすごくエネルギーが要りますよね。町全体に新聞が配られたことで、プレッシャーを感じたりはしませんか?

元木さん:いや、実はあんまり考えてないんです(笑)。大学生という立場もあるし、どこかで「ダメなら逃げられる」という思いもあるんだと思います。無責任かもしれないけれど、だからこそ思い切ってできた部分もあるかなと。

ーーその「無責任さ」が逆にいい方向に働いているんですね。「逃げる」というと聞こえが良くなく感じてしまう人もいるかもしれませんが、僕もそれは同感です。

元木さん:僕の中で大学生って「宇宙人」みたいなイメージがあったんです。フラッとやってきて、フラッと出ていく。でも最近、大学生って実は「小さな侵略者」なんじゃないかと思っていて。

ーー小さな侵略者?

元木さん:はい。僕たちの知らないところで、こういうメディアを作ったり、看板をしれっと変えてみたり、地元のものを持ち帰ったりしている。そういうじわじわした侵略を、本やメディアという形でやっていけたらいいなと。

ーーなるほど。大きなシステムに組み込まれるのではなく、ゲリラ的に地域に影響を与えていくと。

元木さん:今の時代、色々なことがゲーム化や体験化していますが、体験ってどこかリアルじゃない部分があると思うんです。例えば猟師さんのところへ行っても、すでに捌かれた肉の切れ端をもらって「何を学んだんだ?」となったり。

ーー時代のうねりの中で、消えゆくものをアナログな新聞という形で手渡していく。それはとても大切なことですね。

インタビューを終え、彼らが口にした「大学生は小さな侵略者」という言葉が妙に腑に落ちました。フラッと牟岐にやってきては去っていく「宇宙人」のような彼らですが、確実にこの町に何かを残していきます。

創刊号という名の「0号」を世に出し、この春、二人は教員としてそれぞれ兵庫と愛媛へと旅立ちます。しかし、彼らの侵略は終わりません。遠く離れた教室で牟岐の魅力が語られ、また新たな若者がこの町を訪れるかもしれないからです。そしてひとつむぎに残る編集長は、中学生という新たな仲間を巻き込み、次なる「1号」に向けて静かに動き続けています。

「始めるのは簡単ですが、やめるのは難しい」。僕がこぼした言葉に、「ダメなら逃げられる無責任さがあるから踏み出せた」と言う彼ら。しかし、手作りの新聞が台所に置かれ、若者たちの「ふらいき(富来旗)」が掲げられた今、彼らはもう完全に牟岐の一部です。時代のうねりに抗うように、彼らがどんな次なる爪痕を残していくのか。いち牟岐人として、鮮やかな侵略劇の続きを心待ちにしたいと思います。

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