牟岐人 - MUGIZINE

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都会で暮らした二人が牟岐に求めたもの:徳島大学 岩田悠利さん・早稲田大学 相澤夢果さん

牟岐町の地域おこし協力隊インターンで紐解く大学生二人

徳島県南部に位置する人口約3,300人の小さな港町・牟岐町。この町には今、不思議なリズムが流れています。それは都会のような目まぐるしい変化でも、時が止まったような静止でもありません。

外から訪れる若者たちが、この町の日常にそっと溶け込み、自らの居場所を見出し、そしてゆるやかに入れ替わりながら新しい感性を吹き込んでいく余白のリズム。2025年秋、この不思議なリズムの中に飛び込んだ二人の学生がいました。


一人は、徳島大学医学部3年生の岩田悠利(いわたゆり)さん。3週間にわたる地域おこし協力隊インターンの活動を終えた彼女は将来、医師という専門性を背負う立場でありながら、なぜあえてこの町の「何気ない日常」に身を投じたのでしょうか。

もう一人は、早稲田大学4年生の相澤夢果(あいざわゆめか)さん。東京の真ん中で育ち、半年間のスペイン留学での生活を経て、縁あってこれから牟岐で地域おこし協力隊のインターン生活をスタートさせる彼女は、この町に何を求めて来たのでしょうか。

関西と関東という都会育ちながらも、対照的な背景を持ち、どこか深い部分で共鳴し合う二人の言葉を通じて、牟岐という町が持つ絶妙な距離感、町の生気、そして彼女たちが描こうとしている「生き方のデザイン」を伺ってきました。

キッチンカーとノリとタイミング

ーー今日はよろしくお願いします。二人とも今日が初対面ですよね?まずは簡単に自己紹介がてら、どうして今この牟岐という場所にいるのか、背景を教えていただけますか。

岩田さん: 私は大阪出身で大学から徳島に来ました。牟岐との出会いはキッチンカーなんです。私はお菓子やカレーなどを作るのが好きで、大学で非公認の間借りでカフェを開くサークルに入っているのですが、LINEのコミュニティで「牟岐にキッチンカーを持っている方がいる」ということを知り、連絡を取り、牟岐町のイベントに出店させて頂いたことがきっかけでした。

ーーかなり面白く、インパクトのあるきっかけですね。若い方が牟岐のような田舎町に来る理由って、「地域の過疎化」の現状を学ぶためだったり、一方で「豊かな自然」を求めて来る方が多い中、キッチンカーという人はなかなかいません(笑)。

岩田さん:もちろんそうしたことにも興味があります。地域医療や、牟岐町が取り組んでいる関係人口なども個人として興味を持ちつつ、カフェはみんなで楽しくというスタンスです。

すでにインターンを終えていた岩田さんだが、取材をさせていただいた日も一日カフェをしていた

ーー一方、相澤さんはどんなことがきっかけだったんでしょうか?

相澤さん: 私はずっと東京育ちで、小学校から私立で地元の繋がりがほとんどない環境でした。大学は今は休学中でスペインのバレンシアに留学をしていました。HLABのサマースクールで牟岐町のことは知り、2021年のコロナ真っ只中で、本当はその時に訪れる予定だったんですが、オンラインでの開催となり。2025年の2月にはじめて訪れました。

ーーその時はどんな滞在だったのでしょうか?HLABの関係でしょうか?

相澤さん:えーっと複雑なんですが、一応HLABの関係者としては来てました(笑)。HLABで知り合った春桜美(すおみ)が徳島に縁があり、私自身も牟岐には縁を感じていまして、それでたまたま関西を観光していた私を「関空からなら拾っていけるよ」ってタイミングがあり、そこに同乗してはじめて牟岐町に来たのが2025年の2月というわけです(笑)。

「ただ、ここが心地よいから」— 私が牟岐町とつながる理由 :鳥取大学 有賀春桜美(あるが すおみ)

ーーある種、ノリとタイミングで牟岐町に訪れることになったんですね(笑)。その時は何日滞在したのでしょうか?

相澤さん:えーっと確か1日か2日程度でした。役場に挨拶に行ったりとかなり慌ただしい滞在でした。

ーーでは、今回は2回目の滞在ということでしょうか?

相澤さん:はい、2回目の滞在です。以前の滞在時に、地域おこし協力隊のインターン制度ができるといったお話を頂いていていましたが、私が半年スペインに留学に行くこともあり、タイミングがあえば…なんて考えていたのですが、気がついたらここにいました(笑)。

関係人口として見つめる町の生気

ーーなるほど(笑)。でも自分の意思でここにいるんだと思いますが、地域おこし協力隊のインターンをやってみようと思った理由はなにかあるのでしょうか?

相澤さん:私は東京生まれ東京育ちで、いわゆる都会育ちです。なので地元という感覚が全くなく育ったんです。都会だと繋がりが希薄みたいなことが言われると思うんですけど、本当に希薄で。ただ単にそこに帰る家がある感覚です。

ーーそれは都会に住む皆さんがそういった感覚をお持ちなのでしょうか

相澤さん:どうなんでしょう…確かなことはわかりませんが、私の場合は隣の区にミニ引っ越しをしたりしたので、特に希薄みたいな環境だったかもしれません。
インターンに関しては、日本の都会は見た。海外もスペインのバレンシアを半年間見てみた。じゃあ次は日本の田舎と言われる場所に行ってみたいと思い、インターンの話も頂いていたので良い機会だなと思い、牟岐に来てみました。

ーーその感覚は僕も非常に良くわかります。相澤さんの環境ほど都会ではありませんが、都会と言われるエリアに暮らし、海外に数年住み、次はどこだ?と考えると日本の田舎だと。相澤さんはスペインから帰ってきて間もないわけですが、今どう見えています?

相澤さん: スペインに行って一番思ったのは、「日光を浴びると人ってここまで陽気になるんだ」ってことでした(笑)。街の構造も全然違っていて。東京だと道はただの「移動場所」なんです。駅や目的地に行くまでの「潰す時間」でしかない。でもスペインは、テラスでご飯を食べる文化が街中にあって、道に人が溜まって生活している。人同士の関わりというか繋がりはないんだろうけど、そこに温かみというか生きている体温を感じたんですよね。

ーーでは、その東京・バレンシアの比較対象として牟岐という田舎町はすごく良いと思うのですが、なにか期待しているようなこと、もしくはやりたいことはありますか?

相澤さん:人のためになる仕事が私は好きで、必要とされればなんでもやります!といった気持ちですが、本や文章を書くことが好きなので、そうしたことに絡めて活動につながれば良いなと思っています。また、関係人口として人とゆるく繋がっていけたらなと考えています。牟岐は東京と比べると「相互自助」というか、ゆるい助け合いがベースにある感じがします。東京の生活は、何でも整理して予定を立てないと人に会えないけど、ここはもっとカジュアルに人と繋がれる。そんな気がしているので、そういう生活を見てみたいと思っています。

ーー岩田さんはいかがでしょうか?地域おこし協力隊のインターンをやってみようと思った理由は?

岩田さん:医学部は狭いコミュニティだったりするんです。同じ人たちと一緒に6年間上がっていくだけなので。なのでもっと大学生のうちに色んな経験をしておきたいなと思い、地域の人と関わることもそうだし、キッチンカーをすることもそのひとつだったりします。
そこで、出店するとなるとイベントなので、基本的に賑わっている牟岐町ばかりを見てきていました。出羽島アート展や産業祭にも出店させて頂いたんですが、普段の牟岐町がどんな様子なのかをもっと知りたいなと思い、であればインターンとして暮らしてみるのが良いと思いまして。
あとは出店者として関わらせてもらってきたけど、今後どんな関わり方ができるのだろうと模索する意味もありました。

ーーインターンとしての活動はどういったことがありましたか?

岩田さん:最初からカフェをすることがテーマとしてあったので、カフェをしていました。カフェをすること自体は個人的な活動にもなるので、インターンの直接的な活動とは切り離しているのですが、カフェをする趣旨としては人と繋がれる場を提供することを目的として活動をしていました。
あとは青山学院生が牟岐町に実習に来ていたので、それに同行して産業についてのお話を伺ったり、出羽島に行ったり、牟岐で動いている若い方のところに行き、会を開き、そこでファシリテーターを務めたりしていました。
大阪大学の松本ゼミが来ていたので、その時はゆずについてのインタビューとかを学生と一緒に行っていました。

ーー実際住んでみていかがでしたか?

岩田さん:思ったより人が動いているなと感じました。もちろん人が居ない時は全然居ないんですが、その両方のバランスがあって良いなと。私が大阪出身ということもあり、人が多くて近所でも常に雑談が飛び交っていたり、大きな声で子どもが遊び回っていたり、時にはちょっと口喧嘩もしているみたいな環境でもあったので(笑)、牟岐町のようなバランスの取れた環境にはとても惹かれます。
では牟岐町に移住するのか、移住したいのかといったことは、今は医学部生としてまだまだ学ぶことがあるので考えてはいませんが、例えば両親のいる大阪に拠点を持ちつつ、こっちでも拠点を持つといったことも可能なんじゃないかと思っています。医者の働き方ってまだ選択肢がないので、このあたりは今後模索しながらといった感じです。

ーー大学を卒業してから、なにか決まっていたりするのでしょうか?

岩田さん:今3年生で、医学部は6年まであるので、まだなにも決まっていませんが、総合診療の道に進みたいなとは考えています。

対照的な背景を持つ二人の話に共通していたのは、決められたレールの上を歩むのではなく、自分らしい「生き方のデザイン」を模索するしなやかな姿勢です。

徳島大学医学部という専門性の高い環境に身を置く岩田さんは、あえてそのコミュニティの内側だけに留まろうとはせず、キッチンカーやカフェという表現手段を通じて、町の人々と直接触れ合い、温度のある関係性を築いています。
将来、医療の現場に立つ彼女にとって、ここでの経験は単なるインターンシップ以上の意味を持つことは想像に難しくありません。病気だけを診るのではなく、その人が暮らす風土や日常の喜びを理解しようとする「地域と繋がる総合診療医」への志が、牟岐の潮風の中で静かに力強く育まれている様子を感じました。

一方、東京の真ん中で育ち、スペインでの生活を経て牟岐に辿り着いた相澤さんは、この町に流れる「体温」を鋭敏に感じ取っているようでした。都会において「移動のための空間」でしかなかった道が、牟岐では立ち止まり、言葉を交わし、ゆるやかに助け合う生活の舞台へと姿を変えていく。
効率や利便性を最優先する価値観から一度距離を置き、自身の興味である書くことを通じて、目に見えない町の豊かさを言葉に紡ごうとする彼女の姿は、現代における新しい生き方そのものではないでしょうか。

彼女たちがこの町に惹かれるのは、ここには現代社会が失いかけている「余白」が残されているからだと僕は感じています。それは何もない空虚な空間ではなく、異なる背景を持つ者たちが互いのリズムを尊重し、干渉しすぎることなく混ざり合えるための「受け皿」のようなものとも言えるのかもしれません。
かつて遠洋漁業の拠点として多様な人々を受け入れてきた牟岐町特有の懐の深さが、今、新しい感性を持つ若者たちの居場所となっているのは、歴史の教えかもしれません。

地域に拠点を持ちながら働くことを模索する岩田さんの未来図と、牟岐での暮らしを通じて自身の関わりを形にしようとする相澤さんの今。二人の存在は牟岐に新しい生気を吹き込んでいます。

彼女たちの余白のリズムは、これからの牟岐の日常を、より豊かで奥行きのあるものに変えていくに違いないでしょう。二人の視線が交差するこの場所から、また新しい牟岐の歩き方が始まろうとしています。

2025年11月 徳島県牟岐町 ターンファームにて

 

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