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“おせっかい”の積み重ねがふるさとを元気にする – 石本知恵子さん

“おせっかい”の積み重ねがふるさとを元気にする


石本知恵子(いしもとちえこ)さん(68歳)

牟岐川にかかる大川橋の袂で「石本学習塾」を切り盛りする石本知恵子さん。約35年、牟岐町の子どもの成長を支え続けてきました。石本さんには、“塾の先生”の他にも肩書きがいっぱい。徳島県婦人団体連合会 理事、海部郡婦人連合会 会長、地域医療を守る会 副会長、移住コーディネーターなど。町のオカン的存在の石本さんに日頃の活動についてお聞きしました。

編集者
「石本学習塾」は何がきっかけで始められたんですか?

石本さん
私が34歳ぐらいの時、下の子どもがちょうど2歳になった時に塾を始めたんよ。自分の子に「勉強せえ!!」って言うよりは、親が勉強している背中を見て育ってほしいなと思ったのがきっかけ。当時は小中高それぞれのクラスに15人ぐらい生徒さんがおって、よその子やけどよう怒ったわ~(笑)。今は当時の生徒の2世が塾に来てくれよるんよ。?

編集者
いつごろから塾以外の活動にも力を入れられるようになったんですか?

石本さん
14年ぐらい前に息子が戻ってきて塾を手伝ってくれるようになったんで、そっからですかね。それまでは小学生から高校生まで塾の授業を持っていたから全然外にや出れんかったんよ。今は婦人団体連合会の県の理事、郡の会長、ほれから地域医療を守る会の副会長、あとは食生活改善推進協議会の県の副会長、美波保健所の会長、移住コーディネーター…ようけあるんよ(笑)

編集者
すごい!たくさん肩書きをお持ちなんですね!

石本さん
あってあって(笑)。どれが本業か分からんくらいよ。ほんで、3年前の夏は、町から頼まれて県外からインターンに来た4人の大学生をここ(自宅)に1カ月間住まわしたこともあるんよ。私、人が好きやからなぁ。人間できんことはないって思っとるんで頼まれたことは断らん主義なんよ。ほの子ら、もう社会人になっとんやけどな、今もおばちゃ~んって年に2回くらい遊びに来る。

編集者
牟岐町が主催のインターンだったんですか?

石本さん
そーそーそーそう!! 牟岐町が東京へ行って大学生にインターンを呼びかけて、その4人が手を挙げたらしいわ。1カ月、毎日毎日郷土食みたいなん出したんやけど、その子達がいうには「こんなの食べたことない!」って(笑)。悪いことしたら自分の娘みたいに叱ったこともあったなぁ。ほの子達に「最初、牟岐に来てみた感想はどうやった?」って聞いたら、「おばちゃんが牟岐弁でピーチクパーチク喋るから違う国に来たみたいだった」って(笑)。帰るときはみんなが泣いて泣いてしたな。

編集者
インターンの受け入れは移住者コーディネーターとしてですか?

石本さん
いや、そうでなしに個人的に受けた分やね。移住者コーディネーターとしてはまだ町から依頼はないんやけど、私の仕事は移住を希望する人に牟岐に居着いてもらえるように話をすることかな。ハッキリ言ってあげなんだらって思うんよ。ええことばっかし言って実際の暮らしぶりと違ったらごっつあかんけん。

牟岐の人が牟岐のことをもっと好きになるように

編集者
石本さんはたくさんの肩書きを持たれていて様々な活動に取り組んでいらっしゃると思うのですが、活動内容をひとつずつ教えてください。まず、婦人連合会ではどういったことをされているんですか?

石本さん
ボランティア活動。牟岐町もいろんな祭りがあるでしょ。そこで屋台を出して賑わいをする。あじさい祭りだったら花を見るだけやなくて、食べ物がちょっとあったら嬉しいでな。「花より団子」っていうだろ?! 焼きそばしたり、氷かいたりな。いろいろしますよ。それを利害なしに盛りあげるんが婦人会。気心知れた人たちばっかりでやってるんよ。

編集者
出店して町のイベントを盛りあげる活動がメインということですね。

石本さん
ほうやな。あと、今は子ども達をどないぞして育てなあかんで。だから年に2回学校に入って美化運動かな、花一緒に植えたり、おしゃべりしたり。それと5年生は家庭科の授業で直線縫いを習うから、その仕上げとして防災ずきんを作るのよ。そうすることで南海トラフへの心構えになる。南海トラフが今すぐに来なくても、子ども達がいつか大人になった時に「牟岐町を助けないかん」「牟岐町に戻ってこないかん」って思ってもらえるように。よその人を町に呼びこむのも大切ですけど、今住んでる人たちが「この町をどないかせんといかん」って思ってもらわんことには、ただ外に向かって「来い来い来い」ではいかんと思うのよ。土台ができてないと外から来ても困るでな。

編集者
確かに。牟岐の子ども達が大人になった時に地元を引っ張っていってくれるように種を蒔いておく必要がありますよね。

石本さん
そうそうそう。ほやから私は“おせっかいばあちゃん”かなぁ。聞いたらほっとけんタチやから。本当はじっと家におったらいいのよ。困っとるって耳に入ったらじっとおれんのよ。妙な性分やな(笑)。ほなから毎日外出て出てしよんよ。

編集者
石本さんの活動に助けられている人は多いと思います!

今回、石本さんのお家でお話を伺ったのですが、こうした思い出の写真や文章が山のようにたくさんありました。ここに石本さんの人柄と活動のすべてがつまっているような気がしました。

できることから即行動!地域医療は自分たちで守る

編集者
「地域医療を守る会」では、どのようなことをされているんですか?

石本さん
やっぱし移住者入れるためには医療がきちんとしてないと誰も来んでしょ。

編集者
そうですね。そのために石本さんが 「地域医療を守る会」を立ち上げられたんですか?

石本さん
うん、10年前に仲間とね。当時、婦人会に入ってきてくれた元看護局長が「海部病院なくなるよ」って教えてくれたんよ。なくなったらほんまに困るで。そこで婦人会のみんなで協力して署名を集めて知事のところ行って、海部病院へお医者さんに来てもらえるようにお願いしたんよ。ほいで、医師の数が足りないって言われてなぁ。「和歌山から防災ヘリを飛ばします」ってことになったんよ。

編集者
和歌山から!?

石本さん
そう。当時はほこしかないんよー。でもな、最終的には自治医大から2人先生が来てくれたんよ。昔、息子が高校生のときに合宿をうちでするって言いだして、文理高校のサッカー部員30名をここに泊めたことあるんやけどな、そのうちの1人がお医者さんになっとって、その子が助けにきてくれたんよ。しかも常勤じょ!

編集者
昔の恩を返してくれる方がいらっしゃったんですね。

石本さん
いろいろしとったらええわよ。関わりを持った人は助けてくれる。やっぱし、せないかんのやなって思うわ。ただ、「はいはい、おいでなしてー」ではあかん。その時はえらいけど、何か人にしとったらな、人間やけん助けてくれるもん。私に返ってこんでも町に還元されると思う。いろんなことで関わりを持たなんだらあかんね。

編集者
現在はどういった活動をされていますか?

石本さん
「ありがとう弁当」。月に1回な。

編集者
って何でしょうか?

石本さん
海部病院のお医者さんにお弁当を作るのよ。

編集者
素敵ですね! どんなお弁当ですか?

石本さん
美味しいよ~。いろいろあるんやけど、主には家庭料理かな。クリスマス、バレンタイン、恵方巻き…季節によって中身も変えてるんよ。

編集者
お弁当を先生方に直接届けに行くんですか?

石本さん
ほうよ。ちょっとでも「ここっていいな」「ずっと長く働きたいな」って思ってもらえるようにな。

編集者
お弁当はいつからされているんですか?

石本さん
10年前から。これくらいやったら私らでもできるやん。

編集者
アイデアはどなたが?

石本さん
私よ。みんなに相談せんと「これだったらできるで! しよう!」って言うてやったよ。ほなって考える間に先生はおらんようになるやん。

編集者
思い立ったらすぐ行動ですね。

石本さん
私、走りもって考えるんよ。ほなけん、もっと会長ゆっくりいってくださいよってみんなに怒られる(笑)。

編集者
ありがとう弁当を10年続けていらっしゃるって本当にすごいことだと思います。

石本さん
私は、できることはしましょうって考えでずっとやってきた。みんなはよく「すごいね」って言ってくれるんやけどな。そんなに深い考えはないんよ。

人が好き、牟岐が好き、その気持ちが原動力

石本さん
これは民泊のご飯よ。

編集者
え! 民泊もやられているんですか?

石本さん
ほうじゃ、14年ずーっとしよる。

編集者
なんで民泊しようと思われたんですか?

石本さん
修学旅行生が増えるんやって。ほな、民泊したらええんでって思って。今年は少なくて2校やったんやけど、去年までは10校来てたんよ。おもっしょいじょ。ぜひ、やってな~(笑)。

編集者
民泊の時は石本さんが子ども達をどこかに連れて行くんですか?

石本さん
いやいや、体験は日中にいろいろしてきてから、うちにくるけんな。ここへ来てからはごはん一緒に作って食べるの。ただ、晩にサンラインで星空見せてあげるんよ。ほの子達がまた大きくなって牟岐町に来てくれんかなぁっていう淡い期待。大人ばっかしにおいでおいでやなくって、子ども達を育てることも大事と思うんよ。

編集者
目の前のことだけじゃなくて、先のことも見据えて行動を起こしていらっしゃるんですね。

石本さん
なんせ、人が好きなんよ。牟岐大好き。都会に行った後に、牟岐の河内の小さな橋渡るとほっとするんよね。

編集者
もっとたくさんの人に住んでほしいですか?

石本さん
ほうやねぇ。何より子ども達に牟岐のことを大好きになってもらいたんよ。

編集者
塾をメインでされているときから、今のような活動をしたいという気持ちはあったんですか?

石本さん
人の世話が好きやっただけのことやなぁ。保育所でも園内で夏祭りやったり、阿波おどり競演会したり、型破りなことしたな。小学校、中学校も役員でやってきたんよ。牟岐小学校の田植えや稲刈りの提案も、当時の校長先生が面白いって言うてくれて、うちの棚田でやり始めて、ほれが今まで35年も続いとんよ。田舎におって田植えも稲刈りも経験ないってさみしいやん。牟岐小祭りの餅つきも、小学生が自分達で作った棚田のお米を使ってやっとるんよ。

編集者
今後、牟岐のためにやりたいことはありますか?

石本さん
牟岐の情報がもっと外に出たらいいなって思うんよ。私らはパソコンはよう使わんのんで、若い人に発信してもらいたいな。

編集者
どういうところが牟岐の魅力だと思いますか?

石本さん
人と海やと思います。海をもっと活用せなあかんと思います。牟岐から出羽島まで橋をかけれんかなぁって。中学時代からの夢なんよ。

編集者
なぜ橋を?

石本さん
一番最初に思った時は嵐で警報が出て島の子達が学校に来れんかったから。だから単純に橋をかけたらいいって思ったんよな。しまなみ海道は島々にかかっとるでな。せっかく島が3つあるけん観光資源にできたらと思うんよ。

編集者
島は牟岐の宝ですものね。石本さんのパワーなら夢で終わらない気がします!

石本さん
今までは住民が大人しすぎたんよなぁ。行政だけ動いてもダメだと思うんよ。ずっとここに住んどったらな、守らなって気持ちになるんよ。確かに守ることも大事やけど攻めもいるもん。そういう時に外から来てくれた人の目が必要になるでな。町の若い人も外へ出てもええんやけど、「このままではいかん!」って思いに駆られて戻ってくる方向性を私らは作りたい。外に出ていって振り返って、「牟岐町をこんな町にしたい!」って思ったら帰ってきてくれるわ。ほれからやな。どない言ってもまずは人作り。人ができなんだらいかん。いっぱい改革者が現れたらいいなと思う。保守主義の人と手を合わせてな、みんなが手を結んでいかなんだら。

思い立ったら即行動。
想いは胸に秘めるのではなく声にする。

石本さんはそうやって町の困りごとを解決できるよう働きかけたり、催しごとを楽しく盛りあげたり、さまざまなアクションを起こしてきました。

これから牟岐町をもっとパワーアップさせるためには攻めも大切。
住民の声はもちろん、外からの客観的な意見も積極的に耳を傾けなければ、と石本さんは前を見据えます。

彼女のみなぎるパワーがこの地に注がれていることは確か。

頼るべき町のオカンの底抜けの明るさと有言実行の男前な姿勢が今日も牟岐のどこかで誰かの心を動かしています。

今回の牟岐人

石本知恵子さん (いしもとちえこ)

石本学習塾/徳島県婦人団体連合会 理事/海部郡婦人連合会 会長/地域医療を守る会 副会長/移住コーディネーター

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