3月中旬。高級食材として名高い、「アワビ」の漁が牟岐で始まる。準備風景からアワビ漁出港、そして新鮮なアワビが採れるまでを追った。
アワビ漁の道具達
春先のアワビ漁のシーズン。解禁を間近に迫った頃、漁の準備風景を見せてもらえるということで漁港へ向かう。
いつになくたくさんのとんびが飛び交う平日の昼前。漁港近くの、ある建物の中へお邪魔した。
すでに漁の道具づくりが始まっている。これは獲れた貝を入れるためのカゴを作っているのだそうだ。こうやって手元を見ていると、漁師さんの網を繰ったりカゴを直したりする技術はとんでもなくすごいなと思う。
こちらは何の道具かというと、「アワビやトコブシを引っぺがす鉤手」と「獲れたアワビの規格を計るスケール」。このような道具で、岩に付いているアワビを取り外し、このスケールより小さいものは後で海に返す。
カゴだけでなく、鉤手も新調して臨むとのこと。左が新品、右が昨シーズンを終えたもの。こうして比べると、鉤の先端のすり減り具合がはっきりと分かる。
この袋は、先ほどのプラスチックのカゴとは違うもの。前垂れのようにして使い、獲れた貝をすぐさま入れられるようにしてある。袋の口は巾着状になってるように見えるが、実は大きめの貝がギリギリ入るくらいの大きさに作ってあるのだという。
ここまで読んで、お気づきだろうか。そう、アワビ漁は網や釣りではなく、実際に海へ潜って獲る漁。すなわち「海士(あま)」仕事なのだ。気温は上がってきても水温は低い3月、ウエットスーツを着込んだ海士師たちが素潜りで1つ1つ探し、獲る。スクーバダイビング中に偶然、海士師を目撃したみなみさんによると、深いところでは十数メートルの海底へ隠密のごとく「スーッ」と潜行し、数分間の作業の後で急浮上、を繰り返すという過酷な仕事である。
ついに訪れた解禁の日
アワビ漁の口開け(解禁日)がやってきた。例年3月15日がその日なのだが、今年は天候不順のために1週間繰り下げとなった。朝8:30頃に漁港へ行くと、ウエットスーツを着込んで”そわそわ”している漁師たちの姿があった。牟岐では陽気な漁師さん同士がよく会話してる様子を見ることが多いのだが、今日はどの人もいつになく口調が弾んでいる。
ウエットスーツがなんだかゴツイな、と思って近づいて見せてもらうと、スーツの膝部分にパッドが付いている。「岩礁地帯の中で動きまわったり、底に膝つくけん、こうせんと直に破れてしまうんよ」と教えてくれた。人によっては肩にもパッドをつけてるらしい。素潜り漁は、想像以上にアグレッシブなんだなと感じる。
8:40分頃、ポツポツと道具一式を載せた船に乗り込む人の姿が目立ってきた。牟岐のアワビ漁口開けにはルールがあり、「9:00に港入り口の規定の位置から出港、13:00までに同じ位置にまで戻ってくること」という掟がある。つまりが早い者勝ちの競争ということで、皆9:00ちょうどにスタートラインから一斉に出港する様子が見られるのだ。
にわかに船外機のエンジンがかけられ、水面には振動の波紋が広がる。出港前の前の不思議な静けさに、見ているこちらも緊張してくる。
8:45頃。出港を間近で見るために、赤灯台まで向かっている途中、東側の岸壁にて。一様に佇み、待ち望んだこの日の海を見つめる漁師達の姿があちこちにある。
8:50過ぎ、赤灯台の岸壁へ。一つ、また一つと船がやってくる。
歩きながら眺めていたら、いつの間にか出て行く船の数がどんどん増えている。普段見られない光景に目を見張る。
小型のモーターボートを中心に、次々と出港する船は沖側のテトラポッドのある辺りで一旦止まっている。
競争とはいえども、それぞれ自分の狙うポイントへ行って時間の限り獲るのが目的。皆知り合いどうしだから、こんな感じで「頑張ってようけ獲ってこんけ~」と、お互いの豊漁を願っている様子だ。
赤灯台には、僕以外にも一組の家族連れが出港の様子を眺めていた。
この男の子が手を降っているのは、彼のおじいちゃんである。後で帰りしなに話を聴くと、徳島市内から牟岐のじいちゃんばあちゃんの家に遊びに来て、ちょうどじいちゃんがアワビ漁解禁日に向かうところを、ばあちゃん達と見に来たらしい。「あとでな~、ばあちゃんと『ふのり』採りに行くんやで~!」と嬉しそうに話している表情が、素晴らしく良かった。
あと1,2分で9:00。まさに競艇のごとく、スタートラインに並ぶ船群。でもかなり遠く、望遠レンズを持って来るべきだった。
いよいよ、開始!のとき。……だったのだが、僕はここで痛恨のミス。なんと余所見をしていてスタートダッシュを見逃すという愚挙を犯したのだ!一斉に唸るエンジン音に気づいた時には、既に先頭の船はテトラの向こうへ…。嗚呼~やっちまった。
つかの間のあと、テトラポッドと小張崎の間から全速力で駆け抜けていく船の群れが見える。あんなスピードで走ったら、振り落とされてしまいそうだ。
一団が向かう先は様々だが、やはり大島周辺は狙い目の漁場なのか、大勢が向かっていた。その後もちらほらと出港する船がいて、9:15くらいにはまた、静かな港に戻った。
<追記!>
翌年2016年は、小張崎の無線局から出港の様子を見てきました!その様子はこちら。
まるで競艇のようなスピードでした。
帰港、果たしてアワビの水揚げは!?
13:00を前にして、30分前くらいから続々と帰ってくる船が見える。
牟岐東漁協(右側に見える白い建物)に漁獲した海産物は集められるのだが、一旦自分の船着場に戻る船がいくつかあったので、そのうちの何箇所かを見に行くことに。
おおーっ!袋にずっしりと入った貝を揚げているところへ遭遇。
すごい。これ、全部、あの高級食材のアワビだ。それが山のように、目の前に在るなんて、全くすごいとしか言い様がない。
こちらの船の上では、獲れたアワビを仕分け中。クロアワビ(最も高級)、アカアワビ(次点で高級)、そのほか流れ子(トコブシ)がどっさり。
「獲れましたか!?」と聞くと、かなり大きめの見事なクロアワビを手にニッコリと笑ってくれた。
目の前に、どん。と置かれるカゴ。
カゴを開けて見せてもらうと、手のひらに収まりきらないサイズのアワビが!こんなにでかいアワビはもちろん、生きているアワビを見たことのない僕には信じられない光景だ。
こちらは流れ子。岩の上を流れるように移動する様から、流れ子と呼ぶ。興奮してカメラで撮りまくっていると…
一つ殻の割れてしまっている流れ子を、「食べてみんけ?」と、なんとその場で殻を外してくださり、ありがたく頂くことに!
さっきまで海にいた流れ子が、手の上でウネウネと動いている。まさかの踊り食い。身の半分に食らいつく。すると、新鮮な海の香りと貝の旨味が口に広ががり、めっちゃ旨い。特に貝柱の部分が甘みがあって、初めて食べるうまさに感動する。
台車に載せなければ運べないほどのアワビ、流れ子を漁協へ運ぶ。いったいどれほどの量になるのか。
漁協は、アワビ・流れ子の計量、出荷梱包作業で大わらわだ。
計量を待つ間は水槽に入れてあり、これは水から揚げてカゴに移したアワビ。貝はのっそり動くイメージだが、アワビや流れ子は完全に動きまくっている。
計量が済み、水揚げ量を記した紙が渡される。詳細は秘密だが、多い人だと、なんと総量で20キロ越え以上もの量が!漁のできる時間が実質2時間半くらいなのに素潜りでこの量を獲ってくるとは。いかに海士師達の腕が良いかを、まざまざと感じた。
エアーのブクブク付きの発泡スチロールに入れられ、出荷されるアワビ。すぐに生きたまま京阪神の市場へ送られる。次の日の夜には、京都の高級な割烹や、都心のビルの最上階のビストロで調理されているのかもしれない、と思わず考えてしまう。
あっという間のアワビ漁初日は大漁。港で行き交う漁師さんや近所の人達は、皆弾んだ声で話している。ここ数年、牟岐町の漁業の水揚げ量は少なく、久々に十分な収入が得られたと話す漁師の人達の顔は、嬉しさと安堵が混じっている。しかし潜った場所によってはあまり獲れなかった人もいたとのことで、自然相手の仕事はこういう厳しさがあるなと思った。
余談だが、実際に漁に同行して水中撮影なんかしたいな~と思っていたが、目の当たりにしてみると「うん、絶対無理だ」と思い知った。いつの日か、そんな凄い場面を表す写真や文章を送り出していきたいなあと思いつつ、まずは素潜りの練習に取り掛からねばと思う、そんな取材だった。